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迷うべきポイントを発見するデザイナーは美しい。

デザイン=体質

デザインはかっこ良くしようと考えるわけですが、それは人それぞれですよね。銘々の髪型や服装というのはある意味で自分の広告なわけで、自分の生き方そのものですよね。外見は他の人へのアプローチの仕方だと思うんですが、物事へのアプローチの仕方もデザインそのもので、抜けがたいその人の体質ですよね。

サイン

新聞の広告とかの紙媒体やインターネットのデザインをやっている人がいるんですが、彼ら専門家は例えばサインは見えやすく、お客さんが見えやすいようにという切り口でデザインを考えるわけですよね。僕なんかは逆で、パッと見て見える必要なんてあるんだろうか、分からなかったら聞けば良いじゃんって思うんです。公共の建造物とか危険を表示する標識などとは別だからね。例えば、公共ではないビルの案内板なんていうのは、特定の人を対象とした個人的なもので危険は伴わないから、見たい人が探して来ればいいと思うわけです。

会社の電話機の横の社名と内線番号のサインがありますが、その文字が小さくて見にくく不親切だって言われるんですよね。でも私がそういう人間だからしょうがないんですよね。お客さんに手取り足取り、そんなにサービスしようと思っていないから(笑)お客さんも我々と一緒にものを創っていくパートナーであって、楽をさせようとは思っていないんですよ。

デザインの善し悪し

デザインが良いのは気持いいですよね、不愉快じゃない。

―デザインの善し悪しということをどれくらいの人が判るものでしょうか?社会通念になっているでしょうか?

なっていると思いますよ。2割くらいの人は具体的にわかるのではないでしょうか、ぱっと見ていいものを使っているかどうか。はっきりと意識しないで、「なんとなくいいなあ」というのを含めると3分の2以上はいると、私は思っています。だから我が社の受付は一般的であるし、多くの人がいいなと思うはずです。

ファッション、流行り

ビルをつくるのは楽しいですよ。自分の服をデザインしてつくらせるようなものです。昔、高松伸さんにあったときにぱっと見て分かったんですが、身につけているものを全部自分でデザインしてつくらせていたんですね、服から靴から全部。やるなら分からないようにやればいいのになあとも思ったんですが、あからさまにパッと見て分かるようにつくっていましたね。

 ファッションについて言えば、服に限らず何でも僕は最初にやるか、一番最期にやるか、というのが好きですね、遊びとしては。誰もやっていないときにそれを始めて、みんながやり始めたら止める。みんなが飽きて誰もやらなくなったら、またやるとかね。そういうのがいいと思うんだけれど。商売としてそれをやって成立して、儲かるのならば一番格好良いですがね。(笑)