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冬樹社

わたしの関係会社で雑誌を作っていました、「コラボレーション」という。二人に対談してもらって、それをメインにした雑誌でした。高松伸さんや中沢新一さんなどけっこう有名な人たちに登場してもらいました。中沢さんと対談をしたのが、パルコのポスターを作った女性のデザイナーだったのですが。楽しかったけれど、売れなかったね。(笑)

神林長平

神林長平さんというSF作家がいます。「戦闘妖精・雪風」というのがあって、戦闘機が自分の意思をもつんですね。色々なパラレルワールドがあって、次元が変わるであるとか。同じ人間が次元毎にいるわけ。そういう小説を書いている。その人の本は古本屋で売っていない。みんな売らないんです。(笑)100円で売っているものをたまに買いますが、多くは読み捨ての本なんですね。

それで、彼の言った好きな言葉があります。

「屍だと思えば、すぐに屍になれる。鳥だと思えば、すぐ鳥になれる。自分を鳥だと思えば、君はすぐにビルの屋上から飛んで行くことができる。自分が屍だと思ったら、その瞬間にすぐに屍だ。腐った臭いが部屋中に充満してくる。」そういうようなことは、本質ですね。現実ではないですよ。現実と本質は違うから。結局、人間は自分が何かをしたいとかいう欲求があれば生きるんでしょうね。なくなった時に死ぬんでしょうね。

企業家の自伝

 今年に入って初めて自伝を読むようになりました。小さい頃は読んでいたのかもしれないけれど、野口英世の手の話とか断片的なストーリーは覚えていますから。今年になって読んだ人で、江副浩正さん(リクルート)、中内功さん(ダイエー)、本田宗一郎さん(ホンダ)、松下幸之助さん(松下電工)ですね。

 元々、彼らには興味をもっていて、僕が仕事を始めて、部下をもらったころは、もうすでに松下幸之助さんはかなりの年配でした、60歳くらいだったでしょうか。やはり彼が発表した事業部制が強烈で、印象に残っています。確か昭和8年に発表したのだと思いますが、それが非常におもしろいんですよね。どんなに小さな組織でも経理担当者がいて、その経理の担当者はその事業部の責任者が人事権をもたないんですね、本社が人事権をもつ。「経理」の考え方が「経営管理」の略だと松下さんはそう言うわけですよ。何が強烈だったかというと、新規事業部だから1年目は赤字でいいという発想は全くゼロで、初年度から税金を払えなければならない。そうでなくては存在する価値がないという発想の下、新規事業部が見事に初年度からみんな黒字でした。

そういう事業部制を発表して、実際にやったのが昭和8年です。P.F.ドラッガーが、プロフィットセンターといって、各単位でもってそれぞれが利益を出さなければならない、ということを言ったのはそのずっと後ですから。松下さんは随分と先でしたからね。そういったことで松下さんにはずっと興味がありました。

江副さんは僕よりもちょうど10歳上で、僕がこの商売に入った頃、彼は32,3歳ですね。学生の頃から商売をやっていたんですね。大学新聞に広告を持ってきて掲載するような仕事で、それで会社を創ったんですね。それがリクルートの走りです、卒業と同時に。バブルが潰れたときに最大借金が1兆6千億くらいあったのかな。

読んだ中で中内功さんは印象的でした。彼はフィリピンからの帰還兵なのだけれど、飢餓でムカデだとか色々なものを食べて、ようやく生きて帰ってきたんですね。そこで彼が「勇敢な兵ほど早く死んでいった。私は卑怯未練だから生きて還った」と書いています。強烈な言葉だなと思いました。自分のことをそういう風に言える人は、ほとんど見たことがないです。では本当に彼が卑怯未練だったか、誰が卑怯未練ではなかったのかなんて、恐らく例外なく誰もが卑怯未練だったのだろうけれど、彼だけが自分の卑怯未練に気が付いた、と僕は解釈しています。かっこいいなと思います。出来れば自分の卑怯未練には気が付きたいなと思っています。(笑)