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他者について

他者を意識するときは言葉とのむきあいかたの相異を、つよく意識したときである。なんとつまらない意味で言葉を使うのだろう。なんとかなしく貧相な育ちなのか。

言葉に内包される無限の意味を探そうとする人は殆どいない。無限のなかからひとつの意味のみが抽出された言葉。自分につごうのよい惨めな使いかた。まるでそのひとの人生のようだ。

言葉とのむきあいかたが仕事とのむきあいかただ。自分とのむきあいかた、あるいは命との、あるいは恋人とのむきあいかただ、とおもう。

「言葉を正しく使わなければ魂に害悪を及ぼす」-古田徹也

4月30日放送のBSフジ「プライムニュース」の「哲学&倫理学・思想史の拠点から見る“今”」を観た。倫理学者の先崎彰容氏は「高齢化が進み死者は増えてゆく。死者をどう弔うか、少ない子供達をどう育むかという死生観が大事になってくる」と主張する。

同じく古田徹也氏はプラトンの「言葉を正しく使わないことは、それ自体として誤りであるだけではなくて、何らかの害悪を我々の魂に及ぼす。」を引き合いに出し、「言葉を選択する責任を果たすことが重要」と主張する。

主張の概要はNETで見れます。強くお勧めします。

言葉の捉え方

言葉に内包されるものは、社会の属性、内的経験、言葉が使われた背景、相手との関係性により異なる。ひとつの言葉を取り上げても、担保されたた表現力はすくない。小説も、ほかの言葉との関係性によりはじめて、内包されるものの表現の可能性が生まれる。読む側の関心が、言葉の内包される関係性に在るとき、初めて言葉のほんらいの意味がつたわる。内的経験の少ない人と多い人を相手にした場合では、同じ言葉でも内包される意味が異なる。

 

単眼的言葉の捉え方はコミュニケーションを崩壊させる。

小生という言葉をつかう人が稀にいる。

本を読む習慣のない人なのでしょう。

誰からみても偉人というような人が目下の人に対してつかう言葉、なのでしょうがそのような人は思いあたらない。裁判官にも大学教授にも政治家にもいるわけがない。そのような人がいるとしても小生という言葉は使わない。やはり蒙昧な人がつかう言葉なのでしょう。

ついでにひと言。

官僚でもないのに、

小職という言葉をつかう人がいる。

間違ったとしても恥ずかしくない言葉と、

恥ずかしい言葉がある。