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短詩について

短詩はことに作品と個々の読み手とのセッション性が強いように思います。口語詩句72h選者の総評のセッション性のつよさを、毎回心地よく読まさせていただいております。

詩のことば

作者が日常会話で使っていない言葉、使っても日常の会話が成立しない言葉、日常の会話は例えば階段をきざはしとは言わないように。日常に触れたい。

口語詩句72h投稿サイト

詩を読んでいて、わかるけれどもそんな生きかたはしたくないとか、わかるけれどもだからどうなのとか思うことがある。生きかたの在りようなのだろうけれど、感動するセンチメンタルと感動できないセンチメンタルとがある。魂がふるえる小説を読みたい、魂がふるえる映画を観たい、魂がふるえる詩を読みたいと思う。巡りあうために生まれてきたのだとおもえるような詩人の詩を読みたい。

詩画集 いのちの花、希望のうた

岩崎健一さん岩崎航さんの詩画集
いのちの花、希望のうた–を読んだ。

自問自答するとき何かに気付く。
その跳躍が詩なのだと思う。
言葉遊びではなく、
言葉の跳躍でもなく、
自己認識の跳躍なのだ。
詩は生き方なのだと、
改めて思った詩画集でした。

あなたも読まれてはいかがですか。

わたしが感動した素晴しい詩を紹介します。

詩集『いきていてこそ』堀江 菜穂子

 

はたちのひに

はたちのひ わたしはいきていた

うまれたときに おもいしょうがいをおってしまい

わたしは はたちまでいきられないだろうといわれていた

 

そんなわたしを りょうしんは

ふびんさと もうしわけなさをもって

たくさんのあいじょうをそそいでくれた

 

このいえで ゆいいつのひとりむすめは

かぞくみんなからあいされて せいちょうした

おおきくなるにつれ

じぶんが 人とはちがうことにきがつきはじめた

 

ほかのこどもたちが

あたりまえにできていることが

じぶんにはなにひとつ できなかったからだ

 

わたしは じぶんとかぞくをうらんだ

どうして じぶんばかりが

こんなからだなのだろう

そればかりおもっていた

 

わたしの心はそのことでいっぱいになり

そしてちゅうがくせいのころ

ばらばらにくだけた

 

わたしの心に なん人ものわたしがうまれた

わたしのじんかくは

わたしだけのものでなくなってしまった

 

わたしであってわたしでない

とてもこんらんするまいにちがつづいた

そんなころに じをかくことをおぼえた

 

わたしにとって じがかけることは

いままでできなかったことの

なににもまさるよろこびだった

 

じをかけるようになり じぶんでないじんかくが

じぶんとして ひょうめんかしてきた

それはもともとのわたしにとっては

ものすごいきょうふだった

 

りょうしんは べつじんかくのわたしがかいたことを

わたしのことばとしてうけとめていた

 

それはわたしにとって

りょうしんがうらぎったこととおなじだった

どうにかして

いまのわたしをわかってほしかったが

どうにもできないひがつづいた

 

あるひ しょうがいしゃの人のかいたしが うたになり

人々にひろまっているニュースをみみにする

これだとおもった

 

じぶんのしにしてはなせば

べつのじんかくにもさとられなくてすむ

 

そうおもったそのひから

じぶんのしには じぶんのなまえでしょめいをし

べつのじんかくには べつのなまえでしょめいをした

するとわたしのしは じんかくによって

はっきりとちがいがあらわれた

 

こうげきてきなじんかく

こどものじんかく

そして わたしじしんのじんかく

どれもわたしであって わたしではなかった

 

しをかくにつれ

はりさけそうな心がかいほうされていった

なんぺんもかきつづって からっぽになり

またすぐいっぱいになった

 

それがくりかえされ わたしは

べつじんかくとの

つきあいがわかってきた

 

しをかくと あいてのこともみえてきた

そしてあるひ そのたのじんかくはとざされた

それは まったくのじぶんじしんのしょうりだった

 

わたしはいま ひとりのじんかくとしていきている

それはたくさんのしをつづってきて

心をじぶんで はあくできたからだ

 

いま はたちのひをむかえることができたのは

たくさんのあいじょうにつつんでくれた

りょうしんのおかげであるのはもちろんのこと

たくさんのしが わたしじしんを

いかしてくれたということに ほかならない

 

しは わたしがいまのわたしになるための

たいせつなとおりみちだった

 

しをかくことは

わたしじしんをかいほうするこういだった

 

わたしのしをよむすべての人たちに

わたしがたちなおったように

あきらめずにいきてもらいたい

 

 

せかいのなかで

 

このひろいせかいのなかで

わたしはたったひとり

 

たくさんの人のなかで

わたしとおなじ人げんは

ひとりもいない

 

わたしはわたしだけ

それがどんなに ふじゆうだとしても

わたしのかわりは だれもいないのだから

 

わたしはわたしのじんせいを

どうどうといきる

 

 

いきていてこそ

 

いまつらいのも

わたしがいきているしょうこだ

 

いきているから つらさがわかる

しんでいったともだちは

もうにどと ともにつらさをあじわえない

 

いまのつらさもかんどうも

すべてはいきていてこそ

 

どんなにつらいげんじつでも

はりついていきる