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6-1. 机 (5)

20世紀に入ると建築や室内装飾の世界にアール・デコ[Art Deco]という様式が登場します。最も流行ったのは1920年代で、それまでのアール・ヌーボーから打って変わって、工業製品が世の中に多く出回るようになり、それに刺激を受けて、幾何学をモチーフにデザインが構成されています。日本でも旧浅香宮邸(現・東京都庭園美術館)がアール・デコの秀作として有名です。

図6-1-6:旧浅香宮邸

図6-1-6:旧浅香宮邸

私見ではありますが、机に関して言えばこのアール・デコは机のあり方をラディカルに突き詰めている意匠が多くみられると考えています。というのは、それまでは装飾で様々な様式を実現してきたものの、アール・デコという円や四角といった単純な幾何学な組合せで、机という小さなオブジェを構成するには違った思考が必要だからです。それまでは気が付かないうちに繰り返していた当たり前な構成を、幾何学の組合せで再構成することに成功しています。それらは即ち、机は足が4本、あるいは両側で支えられなくても良いということや左右非対称であっても構わないということ、あるいは平面的に四角くなくても構わないということです。

図6-1-7:アール・デコの机1

図6-1-7:アール・デコの机1

図6-1-8:アール・デコの机2

図6-1-8:アール・デコの机2

図6-1-9:アール・デコの机3

図6-1-9:アール・デコの机3

6-1. 机 (4)

フランスではルイ16世の治世にフランス革命が起こった後も、共和制や帝政、王政復古など政治体制が安定せず、コロコロと時代が変わりました。机の様式もそれに伴って、帝政様式、ルイ・フィリップ様式、第三帝政様式などと様々な意匠がなされていましたが、趣向が変化していっただけでラディカルな変化というものはあまり見られません。

図6-1-5:アール・ヌーボーの机

図6-1-5:アール・ヌーボーの机

言うなれば意匠の遊戯とでも言える状況のクライマックスが、アール・ヌーボーの机と言ってもよいように思えます。
アール・ヌーボー[art nouveau=新しい芸術]では、昆虫や植物など自然界にあるモノをモチーフに建築や家具などを自由に構成しました。それまでは王室や皇帝のための机だったものから、共和制の時代となっていたので、クライアントはどちらかと言えば金持ちの民間人だったでしょう。そのため様式というよりは、作家個人の想像力を自由に働かすことが出来たため、このような造形も可能になったのでしょう。しかし、この場合においても机の本質、即ち平たい天板があるという点は担保しつつ、足の部分や収納の意匠を操作するということで、それまでの机とは大きくは変わりません。

6-1. 机 (3)

フランスに関していえば、その後の机の変遷は主に権力者の趣向の変遷と言ってもよく、原則的な部分では大きな変化はありませんが、装飾的に様々な変化を遂げています。

図6-1-3:ルイ15世様式の机

図6-1-3:ルイ15世様式の机

ルイ15世様式の机はその前の重厚な机から軽やかな印象になっています。これは当時のロココ趣味が反映されていて、足が美しい弧を描いています。また突き板の技術もこの頃には完成しているようで、表面材を様々な方向に貼り分ける意匠ということもできるようになっています。上の写真では見られませんが、象嵌の技術も16世紀から次第に発展してきて、この時代の家具の装飾の特徴を作っています。

図6-1-4:ルイ16世様式の机

図6-1-4:ルイ16世様式の机

この時代になるとロココ趣味も終って、新古典主義に変わってきています。大きくは足の部分と天板+引出しの部分に分節されて、直線的で装飾が少ないものになっています。足は地面に着く方向に向かって細くなっているのは、力学的にも理に適っていて、かつ軽快な印象をつくっています。

6-1. 机 (2)

恐らくは古代ギリシアや古代ローマ時代でも、学問は存在していましたし、机の様な家具も存在はしていた様に思いますが、記録を辿るとなると難しいようです。そういう意味で「2.オフィスの歴史」の稿にも書いたように、中世に絵として描かれているものが最初の記録と言って良いでしょう。

図6-1-1:Escribano

図6-1-1:Escribano

この絵に書かれている様に15世紀にグーデンベルグの活版印刷が発明されるまでは、本は写本によって作られてきました。写本を前提とした机の形式は先述の通りです。写本は非常に重かったので、机もそれを支えるために重厚でかなりがっしりしたものでした。

図6-1-2:ルイ13世様式の机

図6-1-2:ルイ13世様式の机

印刷技術の発明に前後して、ルネサンスの時代が到来しています。写本が主な用途でなくなった机は、現在に近い形のものになっています。構造は少し軽くなり、木彫により装飾が施されています。一番の大きな変化は引出しがついていることでしょう。その中はインク壷、吸い取り紙、パウダートレイ、そしてペンを入れられるように分かれていたとのことです。この設えは当然、ダイニングテーブルにはないもので、機能的な側面から2つの家具を区別している意匠といえるでしょう。

6-1. 机 (1)

6. オフィスの設え

「2.オフィスの歴史」の稿でも触れましたが、フランス語でいう[bureau](ビュロー)という言葉は「オフィス」と「オフィスの机」という2つの意味があります。ある部屋をオフィス空間足らしめる要素として「机」というものは欠かせないものです。
オフィスビルといった時に、一般的にはそこにあるのはがらんとした一室空間あるのみで(これについては3-3.ミース・ファン・デル・ローエの稿の「ユニバーサル・スペース」参照)、使い様によっては住宅としても使えなくもないものです。そこにテナントが引っ越してきて、オフィスとしての「設え」を施すことによって、初めてオフィスらしくなるものです。
本章ではこのようにオフィスをオフィス空間足らしめる「設え」について考察していきます。まずは「机」についてです。今回もまずは歴史的な視点から「机」を掘り下げていこうかと思います。既に「2.オフィスの歴史」にてルイ13様式あたりまで簡単に書いていますが、もう少し詳察してみます。