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人をみる人はダメだとおもう。人をみて人のむこうにいる自分を観なければならない。本を読んで己の正体を読めない人は知能が低すぎる。本を読むのではなく己を読む。本を読んでそれも屑の本(独断と偏見によるわたしの判断)を読んで読んだ気になっている人はアホとしか言いようがない。

才能

頭がよいとは社会のルールとか知識とか既存の価値の体系に共感し学習し従うことである。
才能とは常識および既存の価値の体系を否定できること、人が発想しないことを発想し新たな価値の体系を創造できることであると思う。

才能が無いのは私が悪いのではなく神様が悪い。私に責任が有るとするなら、才能がない私に気が付こうとしない私に有るかもしれない。があるいはそれも神様が悪いのかもしれない。

人が言いそうなこと、の人とは全ての人ではなく自分は頭が良いと勘違いしている人のことである。たとえば東大卒業生が100人いればそのうちの殆どの人のことである。

感受性が有っても消化出来ないことは感受性は無いに等しい。

誰かがまちがったのが原因だから
悪いのはわたしではない
わたしは悪くない

わたしが悪い
というひとが
仕合せになる

血液型

30年程前血液型がA型の取締役がいた。議論を申入れたのだが断られた。部署替えをし降格した。わたしに好意を持ってくれていたが1年後、退社した。いまでは後悔をしている。

A型の人は議論をすると壊れやすい人が多い印象を持っている。血液型の話をすると、人は4種類しかいないように聞こえる、と言う人がいるけれど、東大生はと言うのと同じでなんまんもの種類の人がいる。血液型について性格のエビデンスは無いけれど病気のエビデンスはかなりあるとのこと。

考え方の切れ目と縁の切れ目

考えかたの切れ目、義務の切れ目、お金の切れ目、それぞれが縁の切れ目である。めいめいが、得をしよう楽をしようと考えてはならない。各自にはどのような義務があるのだろうか。婚姻する各自を、世間の人はどのように考えるのだろうか。義務を果たさない人、自分に厳しくなれない人は、世間から非難され世間から拒否される。義務について各自の考えが一致しないとき、夫婦は離婚しなければならない。相手の価値観を嫌いになったとき、自分の価値観が嫌われたとき、夫婦は離婚しなければならない。その覚悟が無ければ婚姻をしてはいけない。自分に厳しい人なのかどうかを互いに確認しなければならない。
よく話し合う必要がある。