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部下をあてにせず

自らが発案し、

自らが行動する。

人間関係の登記

同棲は素晴らしい選択だと思います、結婚よりも。籍を入れるという意味がよく分からないんですよ、私には。人間関係を登記するということが理解できない。人間関係を登記すべきものであると考える人がいれば、そういう人は好きにはなれませんね。ただ籍が入っていないと扶養控除を受けられないという税法上のことであるとか、子供が学校でいじめにあうとかを考えると、現実的な対処としてやむを得ないという面はあるとは思います。ただそういうことが関係のないところで籍を入れるということであれば、どうしても理解が出来ません。

 サルトルも同棲していましたね。私の通っている陶芸教室に来ている人も35年間同棲しています。二人とも仕事をもっていて。かっこいいですよね。

 

将棋のはなし

将棋は、小学生の頃に親父に教えられて、中学生の頃少しやって、高校ではたぶん一番強かったんじゃないかな。修学旅行のときに、当時岩手から東京まで急行で8時間かかりました、特急は使わなかったんですね。あと、東京から大阪までも8時間くらい。その往復の車中で将棋大会があって、全勝は私だけだったんです。そうしたらその中の私に負けた数学の先生がですよ、「君、○○とやったか?○○の方が強いだろ」って言うわけですよ。なんでそういうことを言ってくるかというと、私は平均点がギリギリじゃないですか。その彼は学年でトップの人間だったんですが。「勝ちましたよ、さっき」って。(笑) でも、将棋は最初にやめました。

なぜやめたかというと、将棋をやっていると頭が真っ白になってくるんですよ、それが嫌で。焼き物で土をこねるときの真っ白とは違って、脳みその中で脂汗をかいている感じですね。酸欠状態です。それが嫌で。

その後は、詩も習字もやめました。

習字のはなし

大学生の頃、街が小さいからアルバイトの口がありませんでした。ないものだから、自分で習字の塾をやりました。習字はなんとなくダラダラやっていたから。大学2年の頃です、材木屋で板を買ってきて、ホームセンターで足を買ってきて自分で付けて、机を作りました。自分の下宿の6畳間に並べて、近所の小学生を集めたんですが、うるさくて、うるさくて。言うことも聞かないし、頭にきちゃって。半年くらい教えて辞めちゃいましたね、言うこと聞かないから。(笑) でもその中で真面目な子がいて、その子だけは私が大学にいる間は週に一度は教えていました。

あとは大学の留年が決まって5年目のときに、これ以上ダラダラやっても仕方がないから、一区切り付けるために1年間やってから習字をやめようと決めました。その1年間は毎日やりましたよ、2時間。そして記念にどこかの段でも取ろうかと思って。書道の「会」というのはいっぱいありますが、普通、初めての人が高い段を受けてもすぐにあげないわけです。(笑) 5段を取ろうかと思ったのだけれど、遠慮して3段だけ取ってやめました。

同人誌のはなし

高校のときには初めて自分の詩集を自費出版しましたが、それは損をしました。(笑) 大学に入ってからは、同人誌で20冊くらい出しました。それは1度も損をしたことがない。私だけじゃないかな。みんな損をしていますよ。私は広告を取って、それで印刷代を全部出して。大学5年目のときには、広告が載っていない詩集を最後に一度だそうかと思って、年に4回出して。それは売るだけで回収しました。学校でみんなに買わせる、押し付けるの。(笑)

一番儲かったのは私が19歳のときに出した本でした。500部刷ったのですが、印刷代が町の印刷屋で5~60,000円でしたが、刑務所に持って行くと3分の1くらいで作ってくれる。だから甲府の刑務所に行ってね。(笑) 当時、学生の仕送りが平均すると12,000円くらいでした。学食が35円とかね。活版で表紙は2色、「麓」という字を黒のベタで一面にビシっと印刷して、背景を赤にして。それは印刷代が20,000円かかってないくらいかな。広告をとったら印刷代の1.2倍くらい。それで1冊50円で全部売りました、25,000円。儲かった。(笑) 仕送り2ヶ月分です。

 大学時代に付き合っていたのは、小説や詩、俳句を書いているような文芸部の連中と学生運動をやっていた過激な連中と、あとは演劇をやっているような連中と付き合っていました。柔道部の部長で体育会の会長をやっていた奴も、私の詩の会に入っていたりしました。19歳くらいの時に詩の会をつくって、2,30人くらい人が集まりました。そこで同人誌を出していたんですね。詩を書いて、みんなで批評しあう、詩集を出すといったことをしていました。

 同人誌というのは、全国にいっぱいありました。私も高校の頃、岩手の私の街に1つだけ同人誌があって、それは詩も評論も小説も全部集まったような同人誌で、自分の書いた原稿を出すと載せてくれるわけです。会費をとられるけれど。同人誌の運営方針によって違いますが、同人は自分の書いたものは基本的に載せてもらえます。同人は無審査で載るけれども会員は同人が審査して載せるというように、同人と会員と分けているかたちであるとか、いろいろあります。

 そんな風にして、詩を出して批評して、という活動をしていました。

 私が学生の頃は吉本隆明さんが人気でした。この辺り、佃か月島辺りに住んでいたんじゃないでしょうか。当時の文芸評論家というと、吉本隆明と江藤淳が人気がありました。江藤淳の短い評論集で『母の成熟と崩壊』という3,40ページ程度のものがあるのですが、おもしろいですよ。30分くらいあれば読めてしまいます。ある教授の勧めで読んでみました。

 その教授は授業中に私の詩を褒めたんですね。一見、褒めた。でもよく聞いてみると、そうじゃないんですね。それでその人に時々見せに行ったり、批評を書いてもらいました。その人は近代文学専攻でした。彼の授業だけは真面目に出ました。(笑)