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まじめに生きてきた人は

修羅場の経験がないから

修羅場に会うと

壊れてしまう

 

いのちのやりとりをするような恋は

若いときにくさるくらいするものであって

結婚して子どもがおおきくなり

中年になってから

はじめてするものではない

 

無意識にこうありたいとおもう人のように

ほんにんは生きているとおもっている

 

修羅場にあったことがないから

おもっていられる

 

じぶんがほんとうは卑怯なことに

なんとしあわせなことに気がつかないから

100歩逃げた人を卑怯といえる

 

まじめな人は

50歩100歩に気がつかない

シヨウくんは

ママさみしい

と言う

 

ママはショウセツがすきなので

トイレにショウセツを持っていく

顧客面談報告

取引先面談報告

調査報告

 

ヒヤリングに

全部答えられる人が

好きだ

小説のはなし

純文学、大衆文学、中間小説、通俗小説、風俗小説、読み物。垣根がありそうでない小説の分類。なさそうである分類。文学評論もしくは卒論のテーマは純文学系が多い。現在の純文学系は、群像、文学界、新潮、文藝、すばる、である。オール読物、小説新潮、等は純文学系とは言わない。私が中学の頃から30才くらいまで、純文学系以外の小説を読んだのは司馬遼太郎だけである。純文学系を1000冊は読んでほしい。

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悪人なおもて往生す

阿弥陀仏が救済したい対象は衆生である。すべての衆生は、末法濁世を生きる煩悩具足の凡夫たる、悪人、である。よって、自分は悪人である、と自覚させられた者こそ阿弥陀仏の救済の対象であることを知り得る。