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6-2. 椅子 (10)

グレーチェアは身体性というものを発展させて、人間工学という視点からデザインしているという意味では椅子の系譜を継承しているデザインと考えても良さそうです。その後、座や肘掛けが上下する機構やバネで背のショックを吸収したりと、人間の身体に合わせた様々な改良がなされています。その1つの頂点とも言える椅子がアーロンチェアです。

図6-2-21:アーロンチェア

図6-2-21:アーロンチェア

1994年にハーマン・ミラー社から発売されたアーロンチェアは、使用者に合わせて細かくカスタマイズが出来るのが特徴で、一般的な99%の人が快適に使用出来るとのことです。ペリクルと呼ばれるメッシュ素材が座と背に使用されていたり、人間工学的に骨盤を支持して長時間座っていても疲れないように設計されているということです。事務用の椅子とはいえ1脚10万円以上もする高価なものであるということもあり、どちらかと言えば一般の事務員よりも会社の上層部の人に利用されているイメージが強く、テレビドラマや映画などでも時折その様なかたちで登場します。つまり、身体性から人間工学を追求してきた椅子であるとはいえ、社会で消費される際には常に椅子につきまとうある種の権威の象徴性は現代社会においても抜けきれていないということだと思います。

6-2. 椅子 (9)

以前の机の記事でもフランスの18世紀の様式の変遷を簡単に紹介しましたが、椅子も同様に政治的指導者の名を冠した各様式が存在しています。ルイ13世様式、ルイ14世様式、ルイ15西洋式などです。

図6-2-17:ルイ13世様式

図6-2-17:ルイ13世様式

図6-2-18:ルイ14世様式

図6-2-18:ルイ14世様式

図6-2-19:ルイ15世様式

図6-2-19:ルイ15世様式

その後、アールヌーボーやアールデコのデザインがはやると、当然、椅子もその影響を受けて動植物をモチーフに装飾画施されたり、幾何学をベーストしたデザインが採用されました。
ところで、ここまで紹介してきた椅子は事務用の椅子と限定してはいませんでした。いわゆる現在にも通ずる様なオフィス用の椅子は欧米では戦前から存在していたようですが、(私が把握している狭い範囲で)日本には戦後GHQがもたらしたものと考えられているようです。いわゆるグレー色のスチール製の椅子です。

図6-2-20:グレーチェア

図6-2-20:グレーチェア

当時の米軍ではそれぞれ軍によってテーマカラーが決まっており、たまたま陸軍のグレーを採用したために全てグレーになった、それは米国の塗料会社が落ち着く色だからという理由で選んだという説があるようです。

6-2. 椅子 (8)

中世がキリスト教の神中心の時代とすれば、ルネサンスは古代ギリシア、古代ローマを復興した人間中心の時代と言われることが度々あります。椅子における人の身体性の発見はその大きな流れとは無縁ではないように思います。
木の板に直接座ることは当然、堅くて座り心地の良いものではありませんでしたので、クッションを座面に敷くことはかなり前からやっていたようです。そのクッションの質がまたそこに座る人の格を示していたということは、椅子そのものと変わりません。
ところが17世紀に入り、座面に直接クッションを合体させる技術[upholstery]が大きく発展しました。これも身体的な快楽が椅子に反映された結果と言えます。その他、リクライニング・チェアが製作されたり、カクトワールと同様に女性のスカートに配慮して肘掛けをなくしたバック・スツールや、肘掛けを奥の方に引っ込めてスカートが引っかからないようにした安楽椅子がデザインされています。

図6-2-15:バック・スツール

図6-2-15:バック・スツール

図6-2-16:18世紀の安楽椅子

図6-2-16:18世紀の安楽椅子

6-2. 椅子 (7)

ルネサンス期にデザインされた椅子のタイプの1つとして、Caquetoire「カクトワール」と言うものがあります。

図6-2-13:カクトワール

図6-2-13:カクトワール

フランス語でCaqueterという動詞が「おしゃべりをする」という意味がありますが、女性が暖炉の前でおしゃべりをするためにデザインされた椅子なので、その様な名前がつきました。当時の女性は冬の寒さ対策の為にボリュームのあるスカートを何層にも重ねて穿いていたそうで、下半身はスカートのボリュームがすごかったそうです。

図6-2-14:ルネサンス期のドレス

図6-2-14:ルネサンス期のドレス

当然、普通の椅子に座ろうとしてもお尻が入りません。座面を手前に広がる様な台形にすることで快適に座れるようにデザインされたのがカクトワールです。素材もオークが主流だったのが、彫刻をしやすいウォールナットが多く使われたそうです。
このようにルネサンス期には玉座のような権威的な椅子や、それと正反対の腰を掛けるだけの質素な台の様な椅子とは少し趣の違う、身体がリラックスできる座り心地に配慮した椅子がみられるようになります。

6-2. 椅子 (6)

先に権力の象徴としての椅子、即ち玉座について少し触れました。その様な椅子のことを「グレイト・チェア」と呼びますが、複数枚製作されているルネサンス期のフラ・アンジェリコによる受胎告知[annonciation]を比べて見てみると、その意味が分かり易いかと思います。

図6-2-10:Annonciation1

図6-2-10:Annonciation1

図6-2-11:Annonciation2

図6-2-11:Annonciation2

図6-2-12:Annonciation3

図6-2-12:Annonciation3

聖母マリアに大天使ガブリエルがイエスをお腹に宿したことを伝えているシーンで、外部に面した建物の下で、画面に向かって右側にマリアが椅子に座って、左側にかがみ込んだガブリエルが受胎告知をしているという、3枚共に同じ構図が取られています。しかし、1、2枚目が豪華な雰囲気があるのに対して、3枚目はとても簡素、質素な印象をうけます。1,2枚目については、ガブリエルのピンクの衣装やマリアの青と赤の鮮やかな衣装に合わせるかのように、マリアの座る椅子には非常に高い背もたれが着いていて高価な布地でカバーされています。一方で3枚目はガブリエルとマリアが簡素な白の服を着て、座っている椅子も簡便な丸いスツールのみとなっています。背景となっている建物部分もそうですが、洋服とともにこのように高い椅子の背もたれはそこに座る人の格を象徴して、絵全体の印象をつくっていると言えるでしょう。