院長の夢

ウトウトしていたら、わたしの部屋に院長が入ってきて、いつものように指圧をしてくれた。わたしの知らないツボを教えてくれた。あれから誰にも指圧をしてもらっていなかったから、たまには出て来て指圧をしろよ、と言った。顔はよく見えなかった。

最後の指圧から3か月後、医者に騙されイレッサを呑み副作用の間質性肺炎で死んだ。イレッサに、末期肺癌に対する延命のエビデンスは無い。イレッサ承認の臨床データーを作成した医者の1人だった。その医者の著作を調べると共同研究の1冊の本しかなかった。分厚い本のなかの群馬大出身の彼の3頁しか無い論文のなかにも、ネット上の全ての臨床データーのなかにも延命にかんする数字は記載されていない。

臓器癌に抗癌剤は効かない、という本と、イレッサにかんするプリントを彼に渡した。抗癌剤は呑まない、と彼は言った。肺の水は抜いた方が良い、抜けば楽になる、イレッサを呑まなければまた指圧ができる、呑むなよ、とわたしは言った。

肺炎になって退院し、迎いに来てもらって妹のいる下北半島に移った。15カ月前、最後に電話で話してから4日後、イレッサを呑んでから3週間後、死んだ。昭和22年2月14日生A型享年69歳独身30年にわたるわたしの指圧師。妹さんからの手紙に、兄は他利の人でした、と書かれていた。

慢性閉塞性肺疾患の疑いがあるから調べたほうが良い、と大分前から言っていたのだけれど、彼は行かなかった。行っていれば肺癌に気づいてタバコもやめていたと思う。

覚悟はしたほうがいい、覚悟はした、じゃと言って電話を切った。葬式にも墓参りにも行っていない。